重点プロジェクト
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| 第一回「与那国自立ビジョン支援・東京会議」 | |||
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与那国自立ビジョン支援・東京会議前半
- 開催日時:平成17年2月17日(木)14:00〜17:00
- 開催場所:霞ヶ関ビル・東海大学校友会館「朝日の間」
- 主 催:財団法人都市経済研究所、沖縄県与那国町
◆座長・上妻 毅(財)都市経済研究所常務理事(東京会議開催の趣旨と経緯)

定刻の14:00、座長兼コーディネーターの財団法人都市経済研究所の上妻毅常務理事(以下上妻座長)の議事進行により、第一回「与那国自立ビジョン支援・東京会議」が始まりました。
開会にあたり、上妻座長より、与那国の現状とともに本会議開催の趣旨と経緯が説明されました。
この中で、「東京から1,900km,県都那覇から500km,隣接する台湾とは110kmの位置にある我が国最西端の‘国境の島’与那国にも三位一体改革・市町村合併の波が押し寄せている」,「過去、国境貿易で栄えた頃には人口15,000人超を数える時代もあったが、人口減、特に若い人達の島外流出が続き、今日、島の人口は1,800人を切るに至った」,「そうした中、昨年10月には『合併の是非』を問う住民投票が行われ、中学生以上の全島民が参加した投票の結果、与那国は『一島一自治体』の存続,独自の『自立の道』を選択した」ことが説明されました。
その上で、東京会議開催にあたっての二つの問題意識として、
- 「日本の最西端=辺境にあることで、与那国は医療,物価,人口減などさまざまな『離島苦』に直面してきた。では、グローバル化・ボーダーレス化が言われるこれからも‘国境に位置する’ことは‘不利な条件’としてのみ続くのか?−過去の国境貿易や花蓮市との姉妹都市交流など与那国の歩みを含めて考えたい」
- 「‘国境の島に人が住み、生活を営んでいる’こと。これを国全体の『国土』の問題として改めて問い直したい。折しも今、全総計画の抜本的な見直し・廃止を含む新しい国土計画の改正法案が国会に提出される状況にある。そうした中、国土政策,海洋・海域政策の中で'国境の離島'の問題をどう見るべきか。陸続きの国境を持たない『海洋国家・日本』にとって極めて重要な問題である」
との認識が示されました。
※「与那国自立ビジョン」推進のこれまでの取組み・経緯については、こちらを御覧ください。
◆ご来賓・尾見 博武 国土交通省国土計画局長のご挨拶

続いて、新国土計画法案の国会提出などご多忙の最中、来賓としてお越しいただいた尾見博武国土交通省国土計画局長からご挨拶がありました。
「新しい国土計画を‘新しい革袋’で作りたい。52年ぶりの国土総合開発の改正になるが、人口減少時代を乗り切るための成熟社会型の計画ということがメインテーマ」,「人間という最も貴重な資源・財産が減っていく中、人材の開発など日本人の可能性をさらに高めていくことがいちばんの解決策と考える」等、新国土計画に関するお話がありました。
その上で、「海洋・海域の問題については、国土・領土という認識はあっても目が充分に届いてこなかった面がある。海域や海洋資源など、我が国にとって貴重なエリアに関心を注いでいくことが新しい国土計画の重要課題」,「与那国の話を伺い、一つには、地域社会、特に過疎の地域社会をどう考えるかという問題がある」と述べられました。
そして、「お会いする先生方にも、折に触れ『与那国』の話をさせていただいている。しかし、国があまりに関心を持たないようなら『独立宣言』をされたらどうか(笑)。そうなると慌てて何か考えるのではないかと非公式に申し上げているが、半分は本気。この問題は真剣に受け止め、考えていかなければならない」,「あらゆる知恵を出して自立していこう、いろんな支援プログラムや戦略を考えていこうというのは素晴らしい取組み。重要な位置にあって大事な役目を果たしている地域をどう支えていったらいいかはわれわれの課題でもある。今後も応援させていただきたい」との心強いお言葉をいただきました。
◆尾辻 吉兼 与那国町長ご挨拶

続いて、尾辻吉兼与那国町長からご挨拶がありました。
「第一回『与那国自立支援ビジョン東京会議』が開催されることをこの上なく光栄に思います。ここ東京から1,900kmも離れた人口1,700人の与那国の将来を我が事のように憂い、ご尽力くださっている先生方、そして、事あるごとに後ろ盾となっていただいている東京与那国郷友会の皆さまに対し心から感謝を申し上げます」。
尾辻町長は、昨年10月16日の住民投票の結果、与那国町が合併ではなく現行政区のまま'独自の自立の道'を選択したことを報告した上、「自立にあたって不足しているものが二つある。お金と人材であります」と述べられました。
「お金」に関しては、財政シミュレーションを示し、町民に町財政が逼迫している現状を開示するとともに、公共料金等の値上げ,収入役の廃止,助役・教育長の不任用,町長以下役場職員の減給,議員報酬カットと定数削減決定など‘究極のリストラ’(2004年11月産経新聞)を断行中であることを述べられました。
一方、「人材」に関しては、「島の大先輩である吉元先生(沖縄21戦略フォーラム代表)のアドバイスを受け、郷友会はじめ、与那国の自立と活性化を支える人材は島外にも無限にあることを再認識した」と述べました。
今月、与那国の新しいまちづくり・新しい自治のあり方を提起する「自立ビジョン素案」がまとまったことを受け、「今後、いつ・誰が・どのようにやるのかといった部分に更なる検討を加え、3月定例議会に提案したい」と締め括りました。
◆出席者のご紹介と「与那国自立へのビジョン策定推進協議会」座長・島袋 純琉球大学助教授からのメッセージ
ここで、ご出席の委員・アドバイザー・オブザーバーの皆さまをご紹介。
また、「与那国自立へのビジョン策定推進協議会」座長の島袋純琉球大学教育学部助教授から届いた本「東京会議」へのメッセージが、上妻座長から読み上げられました。
→島袋純先生からの「東京会議」へのメッセージ
◆ご来賓・塩川正十郎先生(前財務大臣)ご講話

そこに、長年、沖縄問題に深い理解を持って取り組まれ、2000年「沖縄サミット」の突破口も開かれた塩川正十郎先生が、大変ご多忙なスケジュールの合間を縫って本会議に駆けつけてくださいました。
塩川先生は、「沖縄振興開発一本に絞った歴代知事さんの尽力もあって、戦後、沖縄は大変な勢いで発展してきた。反面、駐留米軍との関係においていろいろトラブルがあり、ご苦労も多かったが、素晴らしい街・魅力ある地域として再興を遂げた」と総括。その上で、「これからどうするか。建設業ばかりが産業の主体ということでは困る。先日も‘産学連携でバイオをやってはどうか’等の提案をしたが、要するに県民の一致した方向を決め、実行していただかねばならない」,「しかし、沖縄は意思決定がされてもその実行が遅れることが多い」と述べられました。
国際情勢に関しては、「この一年以内に『イラク問題』はある程度正常化し、地球全体にわたるアメリカ軍の再配置・再軍備の問題が上がってくる」とし、「日本は日本として地球的な役割・責任を負う中、安全保障と基地問題を独自の立場で考える必要がある」,「沖縄の基地問題は日本全体の問題であり、スケジュールもきちっと合わせていかなければならない」と述べられました。また、沖縄の観光・産業の振興については、豊富な観光資源の有効活用を図るための観光ルートの整備・管理,中小企業振興の重要性,新しい産業基盤づくりにおける大学の活用などのお話がありました。
与那国については、「私はまだ与那国に行ったことはありません。が、国境の町であり、東京とは2,000km離れているけれども台湾には100kmに位置している。それだけに重視すべき点が多々ある」とし、「今後も勉強しながら、私も何かお手伝いをさせていただくことがあれば努力したい」との心強いお言葉を頂戴しました。
◆吉元 政矩 沖縄21戦略フォーラム代表による基調講演

続いて、「国境の島・与那国からのメッセージ」として、与那国町ご出身の吉元政矩沖縄21戦略フォーラム代表(元沖縄県副知事)から基調講演をいただきました。
冒頭、終戦後の故郷(与那国)への引き揚げなど、「与那国に生まれ台湾で育った」自らの体験にも触れながら、まず「国境」の問題に言及されました。
(以下コメント)
「戦前からのつながりもあり与那国は花連と姉妹都市を結んだ。花連市は国際港湾・国際空港を持つ大都市だが、与那国は花蓮市と生活圏を共有できるのかという課題がある」。
「たかだか100km程度の距離にバリアがある。例えば、石垣あるいは那覇から飛んだ飛行機は与那国上空に来ると台湾の航空管制の下に入る、つまり、与那国は台湾の軍事体制下における管制エリアに入っている。72年の沖縄復帰以前にあった日米安保,日本と台湾の安保,その役割分担による『防空識別権』が未だに残されている」。
「国土計画局長のお話にもあった領土,国土,海域,国境線。改めて‘国境とは何ですか?’という問題が問われている。尖閣,竹島,北方四島,いま話題の沖ノ鳥島の問題,そして与那国。いずれも国境の問題だが、問題意識は充分だったか。日本はかなりルーズなところがあるのではないか」。
「本来ならば‘国境のない経済圏’が出来上がっているべき。もう出来上がっているところもあるにもかかわらず、まだこの種の問題が片づいていない。そこに世界第二の経済大国日本の政策的欠陥はないか。地域の問題、国の端の問題、領海・領空・領土の問題をいま一度見直さないといけない」。
「与那国から相談を受けた時、この何十年かを振り返りながら‘これは容易ではない’と思った。この仕事を本気でやるとするなら、沖縄県だけが担いでも荷が重い。やはり国レベル、政治の力・国の組織を含め、国境の問題に向き合わなければ難しい」。
「国境の島に住んでいる人が、市町村合併の統一的な枠組みの中、大都市と隣接している市町村や地続きの小規模町村の合併と同じような形で取り扱われる、これも問題だけれども、まして『離島』の問題をそういう感覚で取り扱うのは間違っている。そういう問題意識も含め取り組んできた」。
次に、新しい経済圏形成へのグローバルな動向についても言及されました。
(以下コメント)
「昨年5月、EU憲法の素案ができ、年末にはEU25カ国が2007年までに憲法条約を批准することとなった。アメリカでは北米3カ国が自由貿易協定を結んでいるが、2005年12月までに、キューバを除く中南米を全部まとめた35カ国が自由貿易地域を作ろうという南北アメリカ経済圏の形成が進められている。本来最も早かったはずの東アジアがいちばん遅れている。そこで、まず、この状況をアジア諸国に最も近い位置にある与那国から見てみようと」。
「沖縄の北には日本。1億3千万の人口を抱える世界第二の経済大国。鹿児島と同じ距離に中国。人口13億,年10%近くの経済成長を今もって続けている。南にはASEAN10ヶ国。関税5%の実現に3ヶ国を残しているが、2007年までの関税ゼロをめざし盛んに議論している。東には、遠いけれども南北アメリカがある。それを共通につないでいたのがAPECだったはず。95年のAPEC大阪会議は、実は沖縄にとっても重要な会合だった。2010年までに先進国は投資の自由化・資本の自由化・貿易の自由化を遂行するという目標が掲げられた」。
「かつて県にいた時、東アジアにおける沖縄のあり方を検討し、新しい沖縄の将来像を描いてみようということで、都市経済研究所とも相談しながら、『21世紀・沖縄のグランドデザイン』を作った。今回、与那国から呼ばれ、この構図が再び頭の中に蘇っている」。
その上で、「東アジアの中の与那国」についてお話しされました。
(以下コメント)
「与那国から東アジア・東南アジアを見る。これからの与那国の生き方を考え、築いていく上で少し心豊かになれやしないか。かつて台湾との間には自由往来があった。教育も向こうで高等教育を受け、働く場もあった。そういう近い関係にあった台湾に姉妹都市がある」。
「今日、さまざまな交流や新しい経済圏が形成されている中で、あまりボーダーを強化しバリアを高くしても仕方ないという時代に入っている。にもかかわらず、与那国はやはり那覇・東京を見なければ生きていけない。そういう中、交付金はどうなる?補助金は?自立のためにどうする?といった問題に直面している。しかし、時代の流れは少し違うのではないか。与那国が本当に自立するためにはどういうビジョンを持てばいいのか。『自立ビジョン』の基本がここにある」。
「2008年の北京オリンピック,2010年の上海万博。アジアで2つの平和祭典がある。一方、危険と言われている二つの問題。一つは北朝鮮,もう一つが台湾と中国の関係。3月には台湾を独立させない特別立法を中国も作るだろう。但し、今後どうなるかについての見方は分かれる。この東アジアで、ASEAN10ヶ国と中国・韓国・日本の10プラス3が、何をめざして走っているのかという点に着目したい」。
「昨年9月、国連での小泉総理の演説でも『東アジア共同体』という言葉が使われている。つまり、10プラス3の13カ国を基軸にした東アジア経済圏。ゆくゆくは経済共同体、さらに、EUのような安全保障も含めた新しい共同体をめざしていくのではないか。この動きを前向きに捉え、将来を見通してみたい」。
「そうであれば、一足先に、与那国が『台湾との関係』でそうした仕組みを実現できないのかと。これが与那国1,800名の住民のこれからに大きな意味を重ねる」。
最後に「自立」に向けた与那国の今後についてお話しされました。
(以下コメント)
「昨年10月16日の住民投票は中学生にも投票権があった。結果、‘合併はノー。与那国は自立する’。町長の挨拶にもあったように、尾辻町長自ら相当厳しいリストラを発表した。少し前なら反乱が起きたかも知れない。しかし、‘自立する’ことを自ら選んだ。そして、さまざまな住民代表が参加する自立ビジョンの協議会が動いている。そうした中で町長のリストラの決意について住民は理解を示した」。
「では、これからどうする。金がないから財政を縮小しリストラをしますというだけでは済まない。ここが『自立ビジョン』の要。結論は、与那国島1,800人の住民が自ら立ち上がり、自ら行動していくこと。そして、与那国に墓を持ち戸籍を持っている私のような者、今までは熱い思いで声だけは出してきたけれども、今度は声だけでなく、それぞれの力やノウハウを支援に結集していこう、と」。
「今日は東京の与那国郷友会の方々にも来ていただきました。もちろん那覇でも動いています。石垣でも動きが出ています。つまり、与那国の出身者、与那国が好きな人、島の外にいる人的財産を組織化して、いろいろな形で関わっていこうということ。関わってもらう以上は、地元もこれに対応する体制を整えなければならない。どうする? 役場だけでは荷が重い。役場は多くの重要な役割を担っているが、仕事は縮小せざるを得ない。ならば自治公民館も公的な役割を担い、協働しましょうというところに来ている」。
「早ければ9月にも新しい条例ができるでしょう。いま、公民館長が中心となって、地域のコンセンサスを形成している最中です。文字通り『自立』にふさわしい地元の体制を作る。しかし、それだけでは力が及ばない部分もある。例えば、与那国からいちばん近い、隣の台湾との直接交流にどう突破口を開いたらよいのか。皆さんの知恵をお聞かせいただきたい。自立への挑戦を決断した与那国にご支援をいただければありがたいと思います」。
◆田里千代基 与那国町PT・特命推進班長による現地報告

続いて、「与那国自立ビジョン」の策定にあたり、推進メンバーの中心となって取り組んできた田里千代基与那国町PT・特命「ビジョン策定/光ケーブル推進」班長から報告がありました。
与那国町の歩み・現況についての報告の後、本「自立ビジョン」策定の状況・骨子・推進戦略が説明されました。
「今般の三位一体改革の中、与那国町は『市町村合併』という一つのハードルについては結論を出しました。すなわち、合併しないで自立をめざす。かなり大きなハードルです。そして、『自立』というハードルをどう乗り越えていくかについて議論したのが『自立ビジョン』であります。これは、コンサルさんにお願いして作ったものではございません。自治公民館を中心に、住民の声、地域住民の参加を基本にまとめたものです。しかし、ビジョンはスタートであってゴールではありません。まずは目次が出来た。その実行が求められております」。
「ビジョンには3つの推進戦略があります。すなわち『三大骨太』。一点目は、『住民主体の自治・島おこし・まちづくり』(住民自治の確立),二点目は、『国境交流を通じた地域活性化と人づくり』(台湾とのモノ・ヒト交流の実現→自由往来),三点目は、「IT/情報通信基盤の整備など定住条件の向上と国土保全への政策支援の強化」(光ケーブル等の情報化推進)です」。
住民自治については、「自腹で島を支え、自ら創るという意識。そこに自立のスタートがあると思います。役場だけが地域を守るという従来の考え方を捨て、役場と地域が一体となった協働社会の中で住民自治を確立したい」とし、町長が示した町政運営基本方針をスタート地点に、‘新しい住民自治の担い手’としての自治公民館の法人化,自治基本条例の制定等をめざすと述べられました。
国境交流については、‘台湾との自由往来’を実現目標に掲げ、「ピーク時(昭和22年)には12,000名の人口の中、モノ・カネが動いていた。なぜ過去にできて今はできないのか?−島民はそれを求めている」,「台湾との生活圏・経済圏ができれば‘辺境’ではない‘フロンティア’の町,発展するアジアとの結節点にもなれるのではないか」という地域の声・新しい展望を述べ、同時に、「台湾海峡を挟んだ国境の島として、与那国町民は平和的な安全保障の役割を担う。そのためにも過疎になってはいけない」として、定住の確保・促進が重要課題であるとの認識を示されました。
特に、現在<石垣−与那国間>を運航中の定期フェリーを台湾に直航させようとした場合、「海域」の区分(国際近海,沿海区域,水平区域等)と「SOLAS条約」の規定により、同船舶では台湾との旅客の行き来ができないこと、構造改革特区の導入など特例措置によって突破口を開きたい旨を述べた上で、次のような‘与那国の新しい自立の姿’が示されました。
「自由往来が可能となり、島民の100%がパスポートを持つようになれば、遠い那覇ではなく台湾との交流が始まる。最初は緊張しながら行くでしょう。回数を重ねて自信がつき、台湾との人脈もでき、台湾の方々も来るようになる。その結果、行政がリードする自立ではなく、島民それぞれが自立に向かって生き抜いていくという‘新しい形の自立’ができるのではないか」。
光ケーブルについては、「国家戦略であるe-Japanの枠組みの中、現在、宮古島まで来ているケーブルを石垣・与那国まで延伸するよう要請を図ってきた。が、結果的に<費用対効果>の問題で延伸は石垣止まり。与那国は打ち切られた」との現状が説明されました。しかし、教育,医療,福祉,物価などあらゆる問題に及ぶ離島苦を軽減・克服する上でも超高速・大容量の情報通信は有効であり、「最果ての離島であるが故に、なおさら光ケーブルの延伸・基盤整備を切望している」。
また、先のスマトラ島沖地震・津波による未曾有の被害を振り返り、「防災・減災には迅速・的確な情報伝達が不可欠。民生安定の視点からも国レベルの情報基盤整備をお願いしたい」と述べられました。
最後に、「4月1日からは推進体制を強化し、自立ビジョンの実現に向け全力を尽くしていきます」とのコメントで締め括られました。
◆上妻座長からの「国境交流」についての補足報告
ここで、<与那国−台湾>の国境交流に関して上妻座長から補足報告がありました。
(以下ポイント)
- 自立ビジョンの柱の一つである‘台湾との自由往来’に突破口を開くため、与那国−台湾間(祖納港−花蓮港)の直航便就航について検討を進めている。
- 現在、石垣との間(120km)を週2回往復している「フェリーよなくに」を台湾との間(110km)で航行させようとする場合、その航行区域は「国際近海」という海域に区分される。
- 平成2年に花蓮港との直接航行を実施したトライアル事業等の経緯をふまえ、平成4年5月、「与那国町〜台湾花蓮市間の船舶運行許可のお願い」(チャーター船:「フェリーよなくに」)を沖縄総合事務局八重山海運事務所長あてに要望するが、不許可となる。
- 主たる理由は、
「本船は短期間の国際航海に従事するものであるが、2国間の航海を行えば、SOLAS条約により条約証書の受有が義務づけられる。条約証書を発給するためには、その構造設備が条約を満足しなければならず、また、免除する場合も条約の免除規定により行われなければならない。本船の場合は、救命及び消防設備については免除の対象でなく、上記の設備を備えなければ条約証書の発給ができない」とのこと。 - 当該海運事業者によれば、上記SOLAS条約の規定に適合する設備を整えるには、およそ1億円以上の費用が見込まれるとのこと。なお、現状でも「貨物」限定の直接就航は可能。しかし「旅客」は不可である。
- 関係者へのヒアリングによれば、航行区域は「水平区域」,「沿海区域」,「国際近海」等に区分されており、現在、与那国−台湾間は「国際近海」に位置づけられている。
- 一方、与那国における「C.I.Q.」(税関・入管・検疫)に関しては、税関は常駐(石垣税関支署与那国監視署),入管は石垣港からの出張方式で対応可能とのこと。
- 直航便の就航(不定期)を含む<国境離島型開港>の実現が自立ビジョンにおける最重要目標に位置づけられている。
以上のポイント・論点が説明されました。
■会議録(各位発言要旨)
■関係資料・その他
- 会議風景スナップPHOTO
- 懇親会風景スナップPHOTO
- ご出席者リスト
- 取り組み経緯(抜粋)
- 自立ビジョン策定にあたっての政策的認識と重要課題(PDF)
- 新聞記事
- ヘリで先島の先まで飛んだ――日本最西端・与那国島視察の記(内仲英輔評議員)
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公開日:平成17年(2005)3月2日
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