講演等
<文化交流懇話会>国際協力外交の視点から見た国際都市OKINAWA形成の政策的意義(講演録)/財団法人都市経済研究所常務理事 上妻毅
当研究財団の上妻が講演した「<文化交流懇話会>国際協力外交の視点から見た国際都市OKINAWA形成の政策的意義」の講演録を掲載しております。
- 主 催:外務省文化交流部/外交フォーラム/政策研究院
- 開催日時:平成10年5月20日
- 講 師:財団法人都市経済研究所理事 上妻毅
沖縄県の「政策パートナー」として
都市経済研究所の上妻でございます。このような意義の高い会合に参加できますことを感謝致しております
さて、私の方からは昨今の沖縄の状況に関連してお話をさせて頂きたいと存じます。と申しますのも、私共の研究所では、もう今から約6年前になりますが、平成4年から現在まで、沖縄県庁と一緒にプロジェクトの推進に取り組んでおります。「国際都市形成構想」という県の将来構想を中心にしてでございますが、私自身、このプロジェクトに専従して参りましたので、いわゆる「沖縄問題」をめぐる情報に触れる頻度も高かったと思います。
外交、国際情勢、地域研究をご専門としておられる皆様のご関心にどこまで触れられるかは分かりませんが、県の仕事を通じて私が見聞きしてきたこと、感じてきたことなど、簡単な話題提供をさせて頂ければと思っております。
簡単にさかのぼりますと、現在の大田県政がスタートしたのが平成2年の11月でございます。それより前、3期にわたって知事を務めた西銘順治知事に代わり、当時、琉球大学の教授だった大田昌秀氏が新しい知事になったわけですが、この大田教授を知事選に担ぎ出し、従来の沖縄県政、さらに復帰以降のわが国の沖縄政策の抜本的改革に本気で手をつけた人物がおりました。この県幹部から内々の依頼を受けて、私共の沖縄プロジェクトがスタート致しました。
あまり細かな話を申し上げても仕方がないので致しませんが、端的に申しますと、
− 新しい県政としてスタートは切った。そこで、次の世代を展望する
<新しい政策ビジョン><新しい沖縄のグランドデザイン>を大胆に打ち出していきたい
そういうことで、「国際都市形成構想」の策定作業に着手致しました。今から6年前のことでございます。以来、私共は、いわゆる‘裏方’的な役回りを含め、<沖縄県の政策パートナー>を自負しながら、この「国際都市形成構想」の推進に関わっております。
復帰後の「沖縄政策」を問い直す
ここ数年の、いわゆる「沖縄問題」が浮上したきっかけになったのは、皆様もご承知の通り、1995年9月に起こった例の「少女暴行事件」です。マスコミの報道を中心に、一般的には、この「少女暴行事件」が一連の沖縄問題に火をつけた発端として認識されていると思います。
けれども、県と仕事をしてきた立場から振り返りますと、この「少女暴行事件」が発生する前から、既にさまざまな問題は動き出しておりました。
例えば
- 米軍基地の段階的な整理・縮小の問題
この問題は、その後「基地返還アクションプログラム」にも展開しました。 - 復帰後、沖縄開発庁が担ってきた沖縄振興政策全体の見直しの問題
- 沖縄を拠点とする「アジア・太平洋地域との国際協力」のあり方
- 自由貿易地域(フリーゾーン)を含む規制緩和の問題
いわゆる‘1国2制度’と言われる問題です。
こうした問題に関しては、私共も県の幹部と協議を重ねておりました。また、軍用地の提供に関する、いわゆる「知事の代理署名」問題に関しても、少女暴行事件が発生する前から、知事の基本的な方針は定まっていたと思います。
もちろん、1995年の「事件」の発生とは別に、前々から「沖縄」という地域の重要性について、<外交的な視点>と共に深い認識を持っている方々もおられたと思います。しかし、大ざっぱな言い方を致しますと、<わが国にとっての沖縄の重要性>に照らして考えた時、復帰後のわが国の「沖縄政策」は、その重要性に釣り合うものであったかどうか、はなはだ疑問な面がございます。これは、単に「基地問題」に限定した意味ではなく、私が率直に感じるところでございます。
端的に申し上げれば、「沖縄という地域が日本の中にあること」の重要性を多角的な意味で捉えてきたかどうか?、沖縄の独自性、また、拠点的な重要性を評価した「新しい沖縄の将来像」を復帰後の沖縄政策は提示し得たか?、そういう政策の根本的な問題に突き当たるように思います。
もちろん、72年の「沖縄返還」後、沖縄の振興開発は、特に‘本土との格差是正’を旨に着実に進められてきました。今年の5月15日で沖縄は「復帰26年」を迎えました。ご承知の通り、10年間の時限立法である「沖縄振興開発特別措置法」の延長を受け、現在は<第三次の沖縄振興開発計画>が進められている状況です。高率補助の公共事業をはじめとする優遇措置もあり、特に<社会資本整備>の分野では、沖縄と本土の格差も大幅に是正されてきています
「基地問題」については改めて申し上げません。ここ数年の沖縄報道の過半は基地問題についてですので、皆様もご承知おきのことと思います。
沖縄県でも、<東アジアにおける戦略上の拠点>としての沖縄の重要性を非常にクールに認識している方はおられます。しかし、県民の方々の一般的な感情の中に、本土と比較して沖縄の基地返還が遅々として進んでこなかった− この現実に対する憤り、不公平感、さらに言えば、「政策的差別を受けてきた」という反発があることは事実ですし、それは‘根の深い’ものとして認識すべきだろうと思います。
問題は、
- 確かに「本土との格差是正」を目標に、基地を除いた県土、つまり‘虫食い状態の県土’の社会資本整備は、沖縄開発庁の公共事業を 中心に進められてきた。
- しかし、「基地の跡利用」や「基地経済からの脱却」といった問題に関しては充分な政策的措置は講じられず、「基地の返還」も思うように進まない。
- そのような中で、相変わらず「沖縄経済」は自立できない。
‘核抜き本土並み’に期待して日本に復帰したものの、そういう状況が復帰後も延々と続いていることへの深い失望感はあると思います。
そのような面で、ある沖縄の方が、
「基地問題と経済問題について、沖縄は政策的に放置されてきたと思う」
と私に静かに語ったことを思い出します。
実際、厳しい雇用環境の中で、約2倍の完全失業率が続いていること、また、全国平均の70%の県民所得、といった問題は皆さんもご存知の話だと思います。
21世紀・沖縄のグランドデザインと「沖縄問題についての内閣総理大臣談話」
私は、沖縄に駐留する米軍の「規模」の問題はさておき、これまで在沖米軍がアジア・太平洋地域の安全保障に果たしてきた現実の役割は認識するものです。
しかし、そうであれば尚更、‘沖縄の将来への展望と道筋’を政策として示しながら沖縄県民の充分な理解を得ること。これが、<民意に支えられた安全保障>を確立する意味でも不可欠の課題であると感じておりました。その意味で、沖縄県は、自分たちのめざす‘新しい将来ビジョン’‘次世代へのグランドデザイン’を逆に沖縄側から示したわけです。これが「国際都市形成構想」でございます。
これを受けて、平成8年9月10日に「沖縄問題についての内閣総理大臣談話」が閣議決定として橋本首相から示されたわけです。その後、普天間飛行場の県内移設、いわゆる「海上ヘリポート問題」をめぐり、現在は政府(内閣)と沖縄県が一種の膠着状態に陥っていることは、皆さんもご存知の通りです。
しかし、橋本内閣が示した<閣議決定>そのものは、一連の「沖縄問題」に対する日本政府としての基本方針を示す‘新しい政策的出発点’である。このことには変わりありません。
新たな外交拠点としての沖縄の再評価
では、沖縄県の「国際都市形成構想」がめざすものは何か?− むしろ、この部分が本「文化交流懇話会」のテーマに大きく関わるところではないかと思います。
細かな話は、お配りした資料などをご参考にして頂くと致しまして、ポイントは、本土にはない沖縄独自の特性、例えば、沖縄の地理的条件、また、琉球としての独自の歴史と文化、亜熱帯性や海洋性・島嶼性といった環境的な特性などですが、これらを<アジア・太平洋地域との国際協力/国際交流>にいかに活かしていくことが出来るかという点にあると思います。言い換えれば、沖縄の持っているさまざまな地域特性を、わが国のアジア・太平洋外交/国際協力外交の文脈の中でどのように「再評価」することができるか、というテーマに繋がるものと思います。
→ 資料参照
この資料は、沖縄の結節機能を活用した新しい交流圏/ネットワークの構図です。部分的に古くなっている話もありますが、これは<日・米・中・ASEAN>という4極の真ん中に沖縄を置いて想定した<国際交流ネットワーク>の概念図です。
例えば、<沖縄−台湾>間の独自の関係があります。これは余談ですが、台湾は沖縄県の関係者を今でも「琉球政府」として迎えています。また、李登輝総統はじめ、台湾の中枢部に沖縄が独自のチャネルを持っているのは事実です。
一方、<中国−特に福建省>との歴史的な絆もあります。「久米三十六姓」と呼ばれた人々は、14〜15世紀、今の福建省からの渡来人として沖縄にやってきた。文化人、技術者などで、その末裔は沖縄県民として大いに活躍しています。また、現在、「沖縄−福建友好会館」を福建省の福州に建設中です。もうそろそろ完成するでしょう。
このような「台湾」「福建省」との人的交流・文化交流の歴史は、今も沖縄の中に息づいています。
また、<熱帯/亜熱帯>といった自然環境条件、<海洋島嶼国>といった地理的な共通性から、東南アジア諸国、太平洋島嶼国との技術協力など「独自の国際協力メニュー」が考えられます。例えば、マングローブや珊瑚礁などの環境保全プロジェクト、熱帯医療、亜熱帯農業、また、島嶼地域適応型のクリーンエネルギ−や水資源開発などです。
ところで、沖縄本島の浦添市に、JICA「沖縄国際センター」があることは皆さんもご存知だと思います。もともと、同センターは、鈴木善幸首相の時に「ASEAN・人づくり協力」のシンボルプロジェクトとして、沖縄に「日本と東南アジア諸国の友好協力の結び目」を創ろう、そういう発想でスタートしました。地元では、故くなった稲嶺一郎氏が尽力し、1985年にオープンしました。
結局、全国のJICAセンターの一支部という形で、当初の構想よりスケールの小さいものになってしまいましたが、この「沖縄国際センター」は、途上国からの研修生の評判がすこぶる良い。研修生が帰国した後、各々の母国に「沖縄OB会」も自主的に組織されていると聞きます。その理由としては、沖縄の南の気候風土もあると思いますが、もう一つの大きな要因として‘イチャリバチョーデー’(行き交えば皆兄弟姉妹)という沖縄独特の精神風土があると思います。
われわれ本土にはない、外国人や異文化に対する受容性が沖縄にあることは確かです。「琉球史」の再評価の重要性については、以前から外務省の石塚首席事務官が指摘しておられますが、‘日本の中’(南端地域)としてではなく、むしろ‘アジア史の中’(東アジアの真ん中)で琉球の歴史を捉え直すべき− このようなご指摘に私は大いに共鳴するものであります。
国土政策に求められる「外交」への視点
このように、本土とは異なる独自の歴史、文化、立地的条件を持つ<沖縄>が日本の中にあること。これは、わが国にとって大変な「資産」であると思います。
こうした資源を「沖縄の自立的発展」に具体的に活かしていくこと、これは沖縄振興政策がもっと踏み込んでいくべき「新しい政策課題」です。一方、国際交流/国際協力の専門家の方々が沖縄をどう「評価」し、わが国の新しい国際交流外交/国際協力外交の展開に具体的に活かしていくことができるか?− この点が非常に重要な課題ではないかと思います。
私共の仕事は「国際都市形成」でございますので、文字通り、‘新しい国際都市’を21世紀の沖縄に創造していくという前提で実務的な作業を進めております。
一点だけ、私の思うところを申し上げますと、これまでの日本の「国土計画」あるいは「地域計画」の中で、<外交>を理念とする都市、つまり、<外交都市>という基本理念に基づいて、わが国が総力を挙げて都市を創ったというケースはなかったのではないかと思います。
「外交インフラ」という言葉が適切かどうかは分かりませんが、わが国の<外交>をさらに多元的に、多チャンネルに、一極ではなく多極的にしていくためにも、同時に、わが国と諸外国との外交関係に‘国民的な厚み’を築いていくためにも、今日、お話し申し上げた<沖縄>をはじめ、わが国の地域地域に<新しい国際交流の拠点/国際協力の拠点>を創り上げていくことが非常に重要であると思っております。
そういう面で、戦後わが国の「国土計画」も「都市計画」も、ずいぶんカネをかけてきた割に、「外交」的な視点は全く欠落していたように思います。「次期全総計画」などでは、あわててその辺のことを言い出している面もありますが、これは、まさに国全体の問題として、各省の垣根を越えた横断的/総合的な政策として詰めていくべき問題ではないかと思います。
逆から言えば、これまでの日本の外交政策が「地域/地域が担う役割」をあまりにも軽視してきたことも否めないと思います。これは、この<沖縄>の仕事を通して、特に私が感じるところでございます。
もう一点、<地方分権>の問題もございますが、次の機会に譲りたいと思います。ただ、「規制緩和と分権なくして日本の真の国際化はない」という意見に私は全面的に賛成するものであります。その点、沖縄はまず産業振興を切り口とした<規制緩和>を先行的に走らせています。‘全県フリーゾーン構想’などはその象徴とも言えましょう。本来、社会経済の<規制緩和>と政治行政の<分権化>は一体的なものと思いますが、沖縄の<分権>の問題はこれから「本番」を迎える− そんな状況です。
その場合、沖縄の<分権>にとって最も重要な一つの切り口は、沖縄独自の「地域間外交」の足場を築くということ。この点を非常に重視したものになる、そう確信しています。
最後に、沖縄返還にあたって発表された政府声明をご覧頂きたいと思います。これは「日本復帰」という原点の基本理念であり、同時に、国際社会の中の沖縄の将来像を明確に示しています。
− 沖縄を平和の島とし、わが国とアジア大陸、東南アジア、さらに広く、太平洋諸国との経済的・文化的交流の新たな舞台とすることこそ、この地に尊い命 を捧げられた多くの方々の霊を慰める道であり、我々国民の誓いでなければならないと信じる
今、「沖縄」に関わるさまざまな問題が、流動する社会状況の中で大きく揺れ動いていることは事実です。しかし、どのように時代が変化しようとわれわれが銘記すべきことを、この1972年の日本政府声明は示している− 私はそう思っています。
ご清聴、どうもありがとうございました。
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